IR活動と洗脳が連鎖する、下心てんこ盛りの入社式

2012.4. 4  4768Views

皆さん、こんにちは。常見陽平です。




4月です。各社で入社式が行われました。
大卒では初の平成生まれです。


今年の新入社員は入学した年にリーマンショックがあった上、就活中にも東日本大震災。
構造的就職難が直撃していた代でもあります。
ニュースなどでも話題になりましたね。


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入社式は誰のものか?




この入社式です...。
実は、新卒で入社した新社会人のためにあるわけではありません。
これ自体、実によくできた社内外向けの広報手段なのですね。
舞台裏で起こっていることを赤裸々にお伝えしましょう。


特に有名企業、大企業にとっては入社式というのはIR活動の一つだと言えます。
これらの企業は入社式の取材にマスコミがやってきます。
特に、新社長が誕生した企業、経営統合などで新体制となった企業、業績が悪化しておりV字回復に取り組んでいる企業、不祥事を起こした企業、新しいチャレンジを始めた企業、留学生などを多数採用した企業、ユニーク入社式を行った企業などは取り上げられやすいですね。


例えば3月に台湾の鴻海精密工業との資本業務提携を発表したシャープ、社長が交代したソニー、パナソニック電工や三洋電機と統合したパナソニック、グループ内のみずほ銀行とみずほコーポレート銀行の合併が控えているみずほフィナンシャルグループ、新しく発足した三井住友信託銀行、企業不祥事で話題になったオリンパスや大王製紙などはニュースで取り上げられ、トップのメッセージを発信することができました。


ここでトップは「危機感」「グローバル化」「変化への対応」などに関するメッセージを伝えるわけです。
これがメディアに掲載されやすいわけです。


メディアに取り上げられなかったとしても、ここでのメッセージはホームページのIR情報コーナーにアップされますし、株主向けの会報誌でも大きく取り上げるので、何かと使えるわけです。
新入社員向けメッセージだけに、やや言いっ放しの強いメッセージを伝えることができるのもずるいところです。


トップのメッセージだけでなく、留学生を大量に採用した企業などはグローバル化に強く取り組んでいることをアピールできます。
ここもまたずるいところで、留学生採用の強化が話題になってから数年経ちますが、大量に採用した留学生がその後どうだったのか、つまり定着しているのか、活躍しているのかなどを、すべての企業が明らかにしているわけではありません。
前から指摘していたことですが、実際は離職率が高い企業もあるわけです。
ぶっちゃけたところ、グローバル化を強烈に推進すると宣言していて、英語力強化に取り組んでいるある有名企業の人事部長のTOEICのスコアを私は知っています。
1年前に聞いた話では290点でした。そろそろ上達したでしょうか。
そもそも採用活動で企業や学生が論じるレベルの(もっと言うと、これはメディアの報道でもそうなのですが)「グローバル化」はいったいどういうことなのか、得体が知れないのですけどね。


このようなメッセージは社外に向けたものだけではありません。
入社式の模様やそこでの社長のメッセージ、新人が何人、どんな人が入ってきたのかなどは社内報などでも共有されます。
経営方針、厳しいメッセージなどを伝えるのもそのためです。


入社式というのは、実は新入社員のためだけのものではないのです。




ブラック企業の入社式は洗脳大集会




以前から指摘されることではありますが、新卒採用には自社のカルチャーに合った人材を採用する、あるいは、合う人材になるように染めぬいていくという側面があります。
日本経済新聞の2012年4月2日付夕刊ではパナソニックの入社式で、新入社員たちがグループソングを歌う写真が掲載されていましたが、例えばこのような取り組みで愛社精神、所属意識を高めたりするわけです。
これから始まる新人研修も同様です。


ただ、世の中はこういう平和な入社式、新人研修だけではありません。
ブラック企業の入社式は、洗脳大集会と化します。
私がブラック企業対策本の傑作として評価している『ブラック企業に負けない 』(NPO法人POSSE、今野 晴貴、川村 遼平|旬報社)という本があります。
この本にも描かれているのですが、人事担当者、人材ビジネス関係者の多くが知っている有名なブラック企業の入社式は、経営者による新入社員に対する人格否定から始まります。
「君たちはクズだ。まったく利益に貢献していない」などいきなり叱りつけるわけです。


この手の企業は研修もブラックです。
10数年前、ブラック企業という言葉が生まれる前からブラックぶりが有名だったある企業の研修では、自己啓発セミナー的なことに取り組んだ後に、研修所の壁に向かって「今までの常見陽平にさようなら!」と叫ばされ、そのまま研修所付近にある湖にダイブするという、黒さここに極まれりという研修が行われていました。
今もあるのですかね。
その企業がブラックか否か、最もわかりやすいのは入社式かもしれません。




入社式にかける人事のぶっちゃけ話




さて、その入社式なのですが...。


運営する人事部もなかなか大変です。
今日は入社式に関するぶっちゃけ話をお届けしましょう。


人事部は3月、4月は期末、期初である上、採用活動がピークなので毎日が修羅場なのです。
期の変わり目には大きな人事異動もありますので、人事部自体が何かとバタバタします。
採用担当者は倫理憲章にサインしているとはいえ、とっくに選考は行なっていますし、4月1日以降は内定出しとフォローに忙しくなります。
この状況下で会社説明会を実行するのは、かなりの過密スケジュールになります。


どの企業も入社式を行うので、会場の確保、地方勤務の新入社員のための宿泊施設の確保などもなかなか大変です(ちなみに、この手の手配に強い代理店まであるのです)。
毎年、卒業できない内定者はいるものなので、その調整もなかなか大変です。


入社式は既に研修の意味も兼ねています。
ここで、明らかに調子にのっている人、浮いている人などはあとでフォローという名のもと、教育的指導をしなければなりません。
とはいえ、自分が採用活動に関わった学生の入社式に立ち会うのはなかなか感慨深いものがありますけどね。


もちろん、「入社式などいらないのではないか」「これこそ新卒一括採用の象徴」という声もあるでしょう。


私もそう思っていました。
とはいえ、同期意識を持たせる意味では機能している部分はまだあるのです。
中途採用を強化している企業は、毎月のように中途の入社式をしている企業もあります。
古巣リクルートは00年代半ばにそんなことをしていました。
楽天に勤務していた友人によると、毎月入社する中途入社の仲間を年齢関係なく「同期」と呼ぶのだそうです。


思えば、私の入社式は今から15年前の97年4月でした。
6月に社長が交代することが決まっていたのですが、その頃の社長が「皆さんとも短い付き合いですが...」と挨拶したのを、私も含め同期数人は「そうか、やっぱり人の出入りが激しい会社なのか...」と誤解し、すごい会社に入ってしまったと思いました。
その晩は歓迎会があり、ひたすら飲まされ、路上で同期と喧嘩して蹴り合い、帰りの三鷹駅で線路に向かって嘔吐。
その月は飛び込み営業研修があり、わざわざ関西に出張させられ、1日100軒以上飛び込みを続け、過呼吸で倒れて病院に運ばれました。
そういえば、入社式で隣の席に座っていた女性は明らかにオーラが違い、存在感がありました。
彼女こそがマーケティング会社トレンダーズの社長、経沢香保子さんです。
他にも同期が駆け上がっていく様子を何度じっと見たことか。


有名なデータではありますが、大卒の新入社員は3年で約35%退職します。


雇用の流動化を進めるべきだとか、終身雇用崩壊、新卒一括採用廃止などが叫ばれて久しいです。
ただ、ソーシャルデザインの議論とは別に、一小市民の経験として言うならば、新卒で入った企業の同期というのは、人生における大切な仲間なのであります。
最初に入った会社の同期は、自分で起業した人もいれば、社内で関連会社社長になった人もいるわけですが、やっぱり仲間意識を感じるわけです。


大変な就活を乗り越え、世知辛い企業社会に身を投じた新人の皆さん。
これからの方がずっと長いです。


「まともな働き方」「健全な批判精神」を大事にしつつも、まずはやってみましょうかね。


混沌とした時代、暗い時代に社会人になった人は、その後の世の中を明るくしてきました。
皆さんの前のめりなチャレンジに期待したいと思います。


執筆者プロフィール

常見陽平

常見陽平

評論家
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。
リクルート、玩具メーカー、クオリティ・オブ・ライフ(現在:フェロー)を経てフリーに。
雇用・労働、キャリア、若者論などをテーマに執筆、講演に没頭中。
2015年4月 千葉商科大学に新設された国際教養学部の専任講師に就任。
著書多数。