内田樹氏とライフネット生命、新卒採用に関する2つの問題提起の違いとは

2013.1.18  1872Views

皆さん、こんにちは。常見陽平です。

今回は、新卒採用に関する2つの問題提起を取り上げ、考えてみたいと思います。


内田樹氏の「就活批判」インタビューと、ライフネット生命が発表した新卒採用アンケートです。
ともに就活や新卒一括採用に関する問題提起なのですが、最初に結論を言ってしまうと、前者は残念で、後者は具体的かつ建設的でした。
この2つの事例自体が、「大人の世界」で評価されること、されないことを物語っています。
私の見解を述べたいと思います。




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就活批判は感情だけじゃダメ 残念な内田樹氏の就活批判




内田樹氏のいわゆる「就活批判」インタビューはこちらです。


「"calling"他者の呼ぶ声から、本当の仕事が始まる」 


もともとは朝日新聞の記事でした。
主要部分が、彼のブログ「内田樹の研究室」に転載されました。こちらです。


就活についてのインタビュー 


彼のブログはもともと影響力があるわけですが、この記事はその中でも大反響だったようで、1月18日現在、Twitterで約2000RT、Facebookで約4600いいね、はてブも460以上ついています。
あたたかさが感じられる、胸を打つ問題提起であり、彼のファンだけでなく、広く支持されたのでしょう。


ただ、私に言わせると、申し訳ないのですが、08年後半くらいから12年半ばくらいまでに連発された、よくある「知識人(と言われる人)による、わかっていない就活批判」そのものでした。
こういう話は一見すると若者の味方のようで、何の救いにもなりません。
これは「インタビュー」なので、彼の真意を完全に表現しているかどうか分かりません。
すべての発言をフォローしているわけではありません。
原稿確認ができないこともあります。
まあ、中にはインタビュアーの原稿を全部書きなおすひどい人もいますが。その前提で書きます。


前置きが長くなりましたが、私が気になったのは、大きく2点で「事実誤認、誇張、根拠のない話に満ちていること」と「弱者を救いそうで救わない、強者の論理を弱者に提示していること」です。 


人事に少しでも関わったことがある人、雇用・労働系のデータをウォッチしている人にとっては、どこから突っ込んでいいのかわからないくらい、事実とずれたことが並べられています。


冒頭から「何十社、何百社とエントリーする」などとありますが...。
就職ナビによる採用の時代となり、エントリー数などが肥大化したのは事実ですが、さすがにこれ は誇張です。
誰でもわかりますが、何百社はエントリーしません。
何十社というのもやや誇張です。 
「プレエントリー」であって、「エントリー」ではありません。


「2013年卒 マイナビ学生就職モニター調査 4 月 の 活 動 状 況」


によると、2013年卒の学生が大学3年の3月末時点でプレエントリーした数は62.7社です。
そのうちの39.8社は最初の月にプレエントリーしたものです。
就職ナビがオープンした際に知っている企業を中心にポチポチと押していったものだと想像されます。
実際、エントリーシートを書いた数は、同調査によると大学3年の3月時点で5.6社です


学生にとって就活が、企業にとっては採用が肥大化しているのは事実であり、その背景には就職ナビによる採用の時代になったこと、学生の数が増えたことなどがあげられますが、内田樹氏が言うほどには膨張していません。


また、若者が無欲であることについて述べていますが、まったくエビデンスが無いので何を言っているのかわかりません。
「無欲」の根拠と背景について教えて頂きたいです。
「無欲」なのと、「お金がなくて消費できない」のはまったく違います。 
言うまでもないですが、若者にもいろいろいます。


さらりと「就活をしない若者が増えている」と言っていますが、その根拠はなんでしょうか?
たしかに、リクルートの大卒求人倍率調査や、厚労省と文科省が共同で発表する内定率の調査でも就職希望者の減少は話題になりましたが、私がキャリアセンターなどにヒアリングしたところ、多くは「不景気になると公務員志望者が増える」というわかりやすい結果からです。
中小企業や農業に注目しろ、大手礼賛はおかしいというような論が展開されていますが、就職情報産業はお金で動いており、その手の企業の求人が載らないこと、載っても埋もれてしまうことは長年の課題です。
公共事業などで中堅・中小企業などへの就職をお手伝いするものはありますが、どれもが成功しているわけでもないですし、ブラック企業に若者を押し込む支援という批判も根強いです。


定着はさらに問題です。
若者は実際には、大手企業以外を受け、働いています。
日本の多くの人は中堅・中小企業で「働かざるを得ない」のです。
若者が大企業を志向することについての批判があり、私も大企業がすべてだとは思いませんが、最初は大企業しか認知できない構造、中堅・中小企業との格差を考えるとそれを悪だと言えるでしょうか。


全体を通じて、キャリア形成に関するご高説が述べられていますが、申し訳ないのですが、これは弱者を救済するものではなく、強者の論理です。
例えば私は既卒者の就労支援、フリーターの正社員化支援のボランティアなどもしてきましたが、一番の課題は、彼ら彼女たちが就職活動を続けられないこと(続けないこと)です。
様々な「陰謀論」が述べられていますが、論拠は何でしょう?
最後はご自身の体験が述べられていますが、そもそもあの時代、学生運動に参加したのは同時代のごく少数派です。
また、「それは内田樹だからでしょ?」というツッコミをせざるを得ないです。


そういえば、来週出る『自由な働き方をつくる』(日本実業出版社)でも、彼の評価経済論を批判していますので、よろしければご覧ください。 
彼に対するよくある批判ですが、とても少ないサンプルをもとに論じているなと感じた次第です。


そういえば先日、『闇金ウシジマ君』の帯を内田樹氏が書いていたのですが...。
やっぱりサンプル数1つくらいで世の中を論じてないかと不安になった次第です。


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若者の味方を装いつつ、強者の論理だなと思いました。
こういうもっともらしい温かい意見は誰も救わないのです。




問題はひたすら数字と事実で捉えてみる






まったく種類は異なるのですが、内田氏の問題提起とくらべて、極めてまともな問題提起だと感じたのは、ライフネット生命が発表した新卒採用に関する調査です。


新卒採用関係者の意識調査


就活、新卒一括採用でよく問題になることについて、データで論じてます。


・倫理憲章で推進の『既卒者の新卒扱い採用』実施は僅か52.2%、昨年比では7.1ポイント 増
一方で、「倫理憲章を知らない」採用関係者が1割半 
・「選考フローで会社説明会参加は必須」4割 
・情報公開において「過去の採用実績」「採用フロー」公開は半数以下 
・「平均残業時間」や「有給休暇の取得率」公開は3割 
・「初任給の差別化」3割、「外国人の新卒採用」は2割、「ソーシャルリクルーティン グ」1割半
 ・6割半が「ミスマッチに悩んでいる」、「自社の採用方法が合理的でない」4割弱


などなど、問題が数字で語られています。
就活に関する都市伝説についても触れられていて


「秋卒業より春卒業が有利」42.7%
「履歴書はPCより手書きが有利」28.7% 
「内定持ちより内定なしが有利」24.6% 
「第二新卒より既卒者が有利」38.3% 
「キラキラネームより古風な名前が有利」は14.5%


数字で見てみると面白いですね。


いくつかの質問の結果は、同様の他団体の調査と大きく違っていて(たとえば既卒者の受け入れなど)、サンプルの業種や規模の分布などより詳しく知りたかったところですが。
ライフネット生命は、出口社長を中心に、日本の新卒採用について強い問題意識をもっており30歳までの既卒者を新卒採用の対処とする、できるだけ学業を阻害しないスケジュールにしないなどのトライをして注目を集めています(まあ、採用人数が少ないからできる部分もありますが)。
具体的な問題提起だと感じた次第であります。


もちろん、内田氏のインタビューと、このような調査は性質がまったく違うものですが。
同じ、新卒採用の問題提起として、後者の方に圧倒的に共感した次第です。
ちゃんと事実とデータを見た議論をしなければと思った次第です。はい。

執筆者プロフィール

常見陽平

常見陽平

評論家
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。
リクルート、玩具メーカー、クオリティ・オブ・ライフ(現在:フェロー)を経てフリーに。
雇用・労働、キャリア、若者論などをテーマに執筆、講演に没頭中。
2015年4月 千葉商科大学に新設された国際教養学部の専任講師に就任。
著書多数。